居酒屋の賑やかなガヤつきの中、次の言葉を待つあたしはこの場に似つかわしくない緊張感に包まれていた


こういう話は聞いたことがなかった
きっといつしか聞けなくなっていたんだと思う



「好きな子、いるんだけどね。俺らしくもなく
、ずっと片思い」



苦笑いをしながら少し照れくさそうに言う
いつも自信満々な春樹がその時ばかりは消極的にしていた


片思い…好きな子いるんだ…
初めて知る事実に心がざわつく


そうよね、いい大人だもん
好きな子の1人くらいいてもおかしくない



「…春樹なら少し押せば付き合えるんじゃないの?」



少し街を歩けば周囲の視線を奪う春樹なのだから、そんな人からアタックされたら普通の女の子は好きになるに決まってる


何もしなくても女の子が寄ってくる人なんだから。



「そうだといいんだけど、その子は違くてさ。だからなのかな…いつのまにか、すげえ好きになってた」



春樹に押されてもなびかない女の人もいるんだ…と少し不思議に思う
誰もがこんなイケメンと付き合いたいと思うはずなのに。


でも春樹はきっと、その人のことを本当に好きなんだ…と思った
その人のことを話している春樹の顔は、本当に優しかった



「でもその子、他の男のことが好きみたいでさ。俺に全く興味なし!って感じ」

「そうなんだ…」



春樹はすごい
行き場のない気持ちを割り切ってその子のことを好きでいれるんだ…


あたしにはそうできそうもない
春樹に好きな人がいることを知って、動揺を隠せない


あたしたちはお互いに一方通行の恋をしていた



「なんか話したら切なくなってきたし、飲むしかないな!」



湿っぽくなった空気を取り払うようにビールを一気に飲み干す
そしてビールのおかわりを注文している



「うん、そだね!あたしも付き合うよ」



あたしも同じようにビールを一気飲み
今日のこの曇った気持ちを忘れたい
酔いがまわれば少しは楽になるだろう


2人で他愛もない会話をしていると時間はあっという間に過ぎていく
もともとお酒に強くないあたしは簡単に酔うことができた



「咲妃乃みたいな人が彼女だったら楽なのにな」



聞き間違いかもしれない
酔っていたから確かではないけれど、そう言われた…ような気がした