【22;54】
「はぁー…帰りたい」
「まだ来たばかりですよ」
「蚊がいるような気がするんだけど」
「虫よけしてないんですか?」
「え、逆にしてんの?」
「してますけど」
「マジかよ教えろよ…」
「そろそろ緊張感持ちません?」
これから人一人の命が失われると言うのに。慣れとは恐ろしい。呑気にこんな話ができるのだから。
「お前やる?」
本当に蚊が気になるのだろう。
腕を掻きながら、顔だけ優夜の方を向き冬夜が聞く。
「僕は嫌ですよ。疲れますもん。明日一限から体育ですし」
「どーせ真面目にしないくせに」
「冬夜と一緒にしないで」
いつだっただろうか。たまたま窓際の席になった時。授業の息抜きに眺めた冬夜のクラスの体育の授業。
彼はサボることはなかったが適度に力を抜き、休んでいた。
仕事での身体能力の10分の1も発揮していないその姿に声こそ出さなかったものの笑ってしまったのを覚えている。
「…何笑ってんだよ」
思い出して笑っていたのだろう。
気持ちが悪いものをみるように冬夜が眉を寄せて優夜を見ていることに気付いた優夜は、顔をできる限り元へ戻す。
木の陰に隠れてどれだけ経っただろうか。
「本当に来るんだな?」
「情報ではそろそろのはずですけど。来なかったらどうします?」
「明日これまで通りにぬいとく」
はぁぁとあくびをしながら冬夜が答える。
見張りは夕夜にまかせたのか
本人は全く見ておらず本当にこのまま寝そうだ。
「面倒くさいんだけどな、病院行くの。そろそろ警戒強まるころっぽいし」
「――その必要は無いようですよ」
にやっと笑った夕夜。
ん、と見上げた冬夜も、
夕夜が真っ直ぐ視線を伸ばす先へ。
ちょうど病院の隣に併設された小さな公園に老人がゆっくりと入ってきたところだった。ベンチへ座ったかと思えば、すぐに暗い中小さい火がついて紫煙が上がる。
「行きます?」
「最後の一服くらいさせてやろー」
「おぉ。珍しく優しいですね」
わざとらしく驚いた表情を冬夜に見せる夕夜。
「別に。帰りがけにちょっとやるつもりだから」
警戒して逃げられても困る。
今日の依頼には事故死に見えるように、とのことだった。
てっとり早いのが命を抜いた後に階段から落とすことだが、あいにくこの公園の階段は病院側ではなく今冬夜達のいる反対側にある。



