ーCACE:0ー




【AM.3:05】




何でこんな時間に…男は出てくる欠伸を片手の拳で押さえながら思う。



本来なら暖かいベッドの中にいるであろう時間に。



どうしてこんな所までこなければならないのか。



自分で決めたこととは言え、早くことを済ませて帰りたいのが本音である。



ビルの屋上であるここから下を眺める。さっきよりは行き交う人は減った気がする。



だがここは眠らない街。眩しい明るさに目を細めて体を引いた。




それから壁に背を預け、静かに座り込み見守るべく物へと視線を移した。


視線の少し先には、柵を乗り越え、ビルの淵に立つ人物。



こちらに背を向けているため顔は見えないが、日付が変わる前に受け取った資料で確認済みだ。


男はそこで見た記憶したばかりの顔を脳内で思い浮かべる。




真面目そうな人だった、というのが印象だった。

普段ならすでに仕事を終え、家に戻り、明日の仕事の為にすでに布団に入っているだろうはずの男性が、こんな時間に。



ビルの淵に立っている。





いつ吸い込まれるように落下してもおかしくない状況にいる。

まだ決心がつかず、覚悟を決めかねているのか。





今までの記憶が頭の中を駆け巡っているのか。





どちらにせよ、関係ないのだけれど。自分には。


残念ながら、どれだけ時間をかけて覚悟を決めたところで、この男性が地上に叩きつけられることは絶対にないのだから。


もっと言えば、死ぬことを止めたとしても、死ぬことは避けられないのだから。


その今回のターゲットと言える男の後ろに立つ、フードを被った女も。



柵に両手をついたまま、落ちるのか落ちないのか。



自分と同じくひたすら傍観を決め込んでいる。

……早くしろよ。



もうこの状態で5分は経ったか。待つ方は長く感じる。

早く帰りたい。




自殺しようとしているおじさんは、女の気配に全く気付いてないが。



今日は風もほとんどない。

それなら、気配も敏感に感じることができるはずなのに真後ろにほんの少しの殺気を放ちながら立たれて何も気づかないなんて。



幸せ者だなとのんびり思う。



ま、普通の人間にはその程度察知する能力ですら備わっていないのだろうから仕方がないが。






それならなおさら好都合だ。心の中でもう一度。


早くしろ、と呟く。

と、それが届いたのか。





「ーー飛び降りないの?」


女が、やっと声をかけた。静かに、やけに楽しそうな声を出す。