―PM.7;17―
「苦し…」
僅かにネクタイを緩める。と、隣の夕夜の視線がこちらに落ちた気がした。
「……どうして僕まで」
横を向けば、いつもは掛けてもいない黒縁メガネの向こうから恨めしそうな目がこっちを見ている。
「しょうがないじゃん。同じ方向だったんだから」
座りなおして椅子に深く腰掛ける。
「そうではなくて。どうして、”スーツ”なんだって聞いてるんです」
同じく苦しそうに襟元を触る夕夜。
「制服で来たら良かった?」
「子供もいない夫婦の通夜に男子高校生が2人きたらそれこそ目立つでしょう」
「だろ」
「だから、わざわざ参列してまでここに来なくて良かったんじゃないかって言ってるんです」
遠くから通りすがりに見るだけで良かったんじゃないですか…と小さく不満を呟きながら、眼鏡を上にあげる夕夜。
あの、桜夜が仕事した相手の葬儀会場。偶然その後の仕事の方向が一緒だったこともあって様子を見に来た。
参列者の一番後ろで、お経をぼんやりと聞く。この仕事をしていてスーツを着ることはある。が、いつもボタンを開けてきている制服に慣れているからか苦しくてしょうがない。
ふら…と前に座っている参列者たちを眺める。
「桜夜さんにも教えてあげればいいのに」
ぽつり夕夜が落とした言葉はここへ来ると聞いた時からずっと思っていたことだろう。
「――あいつは知らない方がいいよ」
自分が命を奪った者を大切に思っていた人たちの姿なんて、
見なくていい。
知らなくていい。
「過保護ですね」
ふふっと笑った夕夜。
「そんなんじゃない」
……ただ、知らなくていいことは知らないままの方がいいんだってだけで。
「俺だってなんとなく、来てみようと思っただけだし。本当にきまぐれ」
「バレませんかね?」
「なかなか似合ってるけど?」
「嬉しくないんですけど…どう考えても若くないですか僕たち。あの会社、大卒しか取らないって聞いたんですけど」
「大丈夫大丈夫。そのためにスーツで来てんだから」
怪しまれたら、同じ会社で働いてました、なんて言い訳ができるように
わざわざスーツに着替えてまで来た。
ただのきまぐれだ。
「…その気まぐれに付き合わされた僕は本当に不運です」
「言っとくけど、お前も桜夜に黙ってたんだから同罪だからな」