「もしもし、亜美、今平気?」


「うん、ちょうど部活終わって帰り道」


私は部屋の隅にカバンを投げて、ベッドに倒れこむ。


「…洸、東京行くってね」


「…言ったんだ、洸。葵にはギリギリまで黙っとくのかと思った」


「殴ってたよ、もっと遅かったら」


「確かに、あんたならしかねない」


亜美はおどけてそう言った。私は、やっぱり笑えなかった。


「あんたのお兄ちゃんのことがあるから、言わなかったんだよ」


「分かってる」


この町は狭い。何か起これば、すぐに広まるし、みんな知ってる。


私より3つ年上のお兄ちゃんは、卒業してすぐ就職するために上京した。


家を出る前、私の頭を撫でて「お正月には必ず戻る」って笑った。


でも、一度も帰ってこなかった。


電話も出ない。今何をしているのかも、分からない。


向こうの空気に当てられたんだろうと、大人たちは言った。


「行かないでって言わなかったの?」


「え?」


「洸に」