『早いね、いつもこの時間なのかな?』

持っていた、珈琲を手に、勝手に前の席に腰を下ろしてる。

自社ビル1階にある、受付前のティーラウンジ。

日中は訪問者の待合いや、簡単な商談などに使っているスペースだけれど、朝のこの時間帯は、ほとんど人気がない。

『今日は…たまたまです』

挨拶を交わし、先ほどの質問に軽く答えながら、見ていたスマホの画面を閉じ、平静を装う。

実際、いつもだったらこの時間は、まだ通勤電車の中なのだけれど、昨夜は何故かなかなか寝付かれず、今朝も早くに目が覚めてしまい、仕方なく早めに出社してしまった。

『奇遇だね、俺も今朝は何となく目が覚めてしまってね、いつもより30分も早く着いてしまったんだ』
『そうですか』
『…君とは、何か運命のようなものを感じるな』

まるでゲーム中の登場人物のようなセリフに、さっきまで入り込んでいたバーチャルな世界と重なって、奇妙な感覚に陥る。

視線を上げると、ジッと私を見つめる視線とぶつかり、ますます混乱してしまいそうだ。

『すみません、そろそろ仕事の準備がありますので…』

敢えて視線を逸らし、牧村さんの言葉には反応せず、できるだけ適当に受け流すと、現実の世界に戻るべく、早々に席を立つ。

『ああ、森野さん』
『はい?』
『今更だが…昨日は本当に、悪かったね…君がそんなにも高いところが苦手とは思わなくて、少し遊びが過ぎたようだ』
『いえ、気にしないでください』

呼び止められ申し訳なさそうに謝る姿は、意外にも誠実に見え、ここは素直に受けとっておくことにする。