実を言うと、昔から高いところは大の苦手。

いくら絶景でも、できれば下から上を見上げる方でお願いしたい…と思うくらいに。

『悪いが、至急この書類を、杉崎専務まで届けてくれ』

頼まれた”お使い”の内容は、至って簡単。

総務部長に渡された封筒を、直接専務に持っていくだけの業務。

…ただ問題は、その専務のいる専務室が、このビルの最上階にほど近い11階にあるということだけ。

普段はせいぜい自分のいる2階フロアから、営業の入っている3階から5階フロアまでしか行き来しないことがほとんどで、それ以上の階にはよほどの用事がない限り、行くことは無かった。

2階のエレベーターホールに立ち、通常使うことの無い、高層階に向かう専用のエレベータの前で、仕方なく上りのボタンを押す。

『はぁ…ツイてない』

しかも、余計なことに、いくつかあるエレベーターの中でも、なぜか一番端にあるこのエレベーターは、景色がよく見える為か、外側がガラス張りの構造になっているらしかった。

『何がツイてないんですか?』

不意に、ここ数日で随分聴き慣れた声に振り向くと、今日もいつもと変わらない容姿の拓真君が、すぐ隣の低層階用エレベーターの前で立っていた。