時刻は9時を過ぎ、続きはまた明日にすることにして、テーブルチェックのためにベルを押す。

当然、私が呼び出したのだから、ここの会計は自分が支払うつもりでいると、

『いや、ここは僕が出すよ…っていうより、この中から』

そう言って、拓真君がバックから出したのは、私が昨日渡した茶封筒。

『それ、一応今回の報酬のつもりなんだけど…』
『わかってる…でも僕は最初からお金なんかもらうつもりもないし、コレも返すつもりだったんだ…でもそれじゃ萌さんも気が引けちゃうだろうからさ、だったら、ここで使っても別に問題ないでしょう?』
『でも…』
『僕はね、萌さんに感謝したいくらいだし』
『感謝?』

拓真君は、黒縁の眼鏡を軽く押し上げ、小さくうなずく。

『こんな僕でも、必要としてもらえるなんて、少しは自信がついたからさ』
『拓真君…』

不意に『失礼します』の声と共に、入り口の引き戸が開かれ、清算のために店員が現れると、先ほど同様、またもやスマートに会計を済ます拓真君。

正直いうと、昨日渡した10万円の為に、今月はちょっぴり厳しかったので、助かった。

『じゃ、お言葉に甘えて…ご馳走様です』
『何、言ってんの?元は、萌さんのお金でしょう?』
『あ、そうか』
『やっぱり、萌さんって面白いですね』
『あ!拓真君、敬語』
『あ』

思わず、二人で笑ってしまう。

拓真君が女性に興味がないからか、お互いに秘密を共有しているからなのか、数時間前、この店に入った時にあった緊張感が、今はすっかり解消されている。


…きっと大丈夫。

このまま、拓真君と協力し合えば、週末だって難なく回避できるはず。

今までのところ、順調に事が進んでいるので、楽観視している自分。

この時点での私は、この計画の本当の大変さに、まだ気づいてはいなかった…。