回された腕に、自分の手をかけながら、渾身の勇気を振り絞り、それを口にする。

『拓真君』
『ん?』
『私…ご飯でも、作りに行こう…かな?』
『……』
『もし良かったら週末?…とか、拓真君が仕事から帰ってくる時間に合わせて、お邪魔したりして…』
『……』
『ほら、どっか行くのは時間なくても、家ならゆっくりできるし…わ、私だって簡単な料理くらいならできるから…』

そこまで言って、拓真君の相槌がないことに気付く。

『…拓真君?』

シンとした室内に、私の声が響いた。

『…それ、本気で言ってる?』

直接的な言葉は無くても、それが何を意味をするのかなんて、お互い分からない歳じゃない。

応える声が、意識しないと震えてしまいそうだ。

『…もちろん本気…だよ』
『言っておくが、その日、君を家に帰してやる自信ない』
『…うん』
『今度は途中で…とか、我慢できるかどうか…』
『…うん、わかってる』
『もし俺の為に無理してるなら…』
『た、足りないからっ』

無意識に震えてしまう手で、拓真君の腕をぎゅッと掴むと、もう一度自分の想いを言葉に出した。

『私も、私も拓真君が…足りないっ』

本当はずっと、不安で溜まらなかった。

総務課の時ならまだしも、日中偶然会うことも無くなってしまった今となっては、こうして会う僅かな時間しか、互いの気持ちを確かめられないとか…不安に決まってる。

ゲームの中のバーチャル彼氏は、いつも私だけをみてくれていたけれど、リアル(現実)な彼(拓真君)は、そうはいかない。

相手が、自分にはもったいないほどの、ハイスペックな男性なら尚更。

『あ!えっと、ご、ごめんっ、あの、嫌だったら別に…』
『…萌』

急に我に返り怖気づくも、耳元で名を呼ばれ、再び強く抱きしめられ、途端に鼓動がバクバクと音を立て始める。

静まり返った書庫の中で、自分の心臓の音だけが、外に漏れ出てしまってるのではないかと錯覚してしまう程に。

『嫌なわけないだろ』
『…え』
『めちゃくちゃ嬉しいに決まってる』

背中から伝わってくる拓真君の心拍数も、自分の気のせいで無ければ、同じくらい早い。

…もう迷うことは何もない。

『…良いんだな?』

再度確認の為に問われれば、覚悟も決まる。

古い書物の独特な匂いに囲まれ、薄暗い書庫の細い通路。

一段と更けていく晩秋の夕闇の中。

窓の外に薄っすら浮かぶ下弦の月の元、慎重な面持ちで、ゆっくり頷いた。


バーチャル恋愛歴 8年

リアル恋愛歴 約2か月

いよいよ、恋愛工程の最終章、新たなステージが幕を開ける…。







Fin