もう一度甘えるようにぎゅと抱き着けば、適度な強さで、抱きしめ返してくれる。

『大概だな…俺も』

仕事中はにこりともせずにクールに仕事をこなしている彼の、こんな顔を見れるのは、私(恋人)だけの特権。

本当は私だって、もう少し一緒にいたいと思ったりもするけれど、今はまだ皆の前で、堂々と隣に並んで立てる自信もなく、仕方がない。

時刻は16:30を過ぎ、離席時間が長くなっていることに気付くと、後ろ髪がひかれる思いで、目の前の温もりから身を剥がす。

『そろそろ本当に戻らないと…』

この書庫だって、一応作業中の札と入口の鍵を閉めているけれど、いつ誰が来るか分からないのだから。

拓真君の腕から離れ、書庫の狭い通路を出口に向かおうとすると、やや強引に後ろから腕を取られ、引き戻された。

『…あと10分だけ』

後ろから抱きしめられ、またも身動きができなくなる。

『ダ、ダメだよ、拓真君は良いけど、私そんな長く離席できない…』
『そこは大丈夫、美園さんがうまくやってくれてるはずだ』
『美園?』
『そういう契約を彼女と結んどいた』
『いつの間に…』

おおかた仕事上で起こりうる、拓真君のスキルを利用した代行業務か何かで、契約を結んだのだろう。

どうりでさっきここ(書庫)に行ってくると美園に言った時、『時間気にしないで、ごゆっくり』なんて、にやついていた訳だ。

『萌』

抱きしめる手が強く、髪にキスをするようにされれば、私だって離れがたくなってしまう。

『君が…足りなすぎる』

切なそうに耳元で囁かれ、ゾクリと、身体中に何かが走る。

実のところ、まだ一線を越えてはいない私達。

物理的に、拓真君の仕事が忙しいというのもある。

でも忙しいという理由以上に、こんなにも甘く、二人きりになればスキンシップの激しい拓真君が、決してそれ以上先に進もうとしないのも、あの日のあの夜のことを、気にかけているのだろうと思う。

それは、薄々わかってはいたけれど、とはいえ自分からその先を進める勇気はなくて、私自身も避けていたんだ。

でも、それももう…。