『……意地悪』
小声でつぶやくと、視界が急に暗くなり、頬を掬われ上を向かされる。
返事などしなくても、ただ自然と目を閉じれば、柔らかな唇が押し当てられる。
緊張と同時に、不思議とそれをどこかで望んでいた自分もいた。
この数日間で、学んだリアルな恋人の疑似体験。
バーチャルでは満たされなかったものが、埋められていくような感覚。
その一番の違いは、こうやって直接触れ合えることなのだと、今なら分かる気がする。
慣れないキスの途中で、まるでここで呼吸をするのだと教えられているように、一旦離れ、一呼吸すれば、また続きが始まる。
昨日のように深くは無いけれど、一つ一つ微妙にずらしてされるキスは、ゆっくり優しく、気持ち良い。
それでいて、意識してするキスは妙に生々しく、拓真君の背広の袖口につかまり、その羞恥に耐えながらも、必死に受け止める。
『…っ』
何度目かの甘いキスの後、やっと惜しむように離されれば、足元がふらつき、拓真君の胸に倒れ込んでしまう。
『…ふぅ』
『どうした?息が乱れてるぞ…大人のキスはまだしてないはずだが?』
私を支えながら、面白そうに言う拓真君の息は、全く乱れた様子はない。
『相当慣れてらっしゃるんですね?…こういうこと』
拗ねたように言ってから、それはそうだろうということに気付くと、ちょっと悲しくなった。
ノーマルな拓真君にとって、リアルな経験数など数えられないほど、あるに決まってる。
『自分で言って凹むなよ』
拓真君は笑いながらいうと、さっきのソファに座るように促され、紅茶を淹れなおす為に、給湯室に向かう。



