パタン
重厚な扉の閉まる音がすれば、広い専務室には、私と拓真君だけがとり残される。
急に二人きりになり、それを意識すれば、さっきまで静まっていたはずの鼓動が、再び高鳴りだしてしまう。
『…なんか…余計なことしたみたいで、ごめん…』
シンと静まり返る室内で、ごく普通に発した声がやけに大きく感じる。
その声掛けに、拓真君はただ小さく息を吐いただけで、これといった返答は無かった。
やっぱり…昨日の夜のことで、呆れられてるのかもしれない。
しかも、恋人でも何でもない、ただの同僚のくせに、勝手にこんなところまでしゃしゃり出て来て、迷惑に決まってる。
この痛い程の沈黙が辛く、それでいて、拓真君が次に口にするセリフが何かを、想像するだけで怖い。
『えっと…じゃ私、そろそろ仕事に戻るね』
いたたまれず、この部屋から逃げ出したい衝動にかられ、真っすぐ扉まで向かいドアノブに手を伸ばすと、不意に伸びてきた手に手首を掴まれ、その手の先を見上げれば、不自然に視線を逸らされる。
『まだ、戻らなくていい』
『でも…』
『あの専務のことだ、俺と君が必然的に席を空ける理由を作っているはず。一人だけ戻ったら、むしろ怪しまれる』
確かに、先ほどの榊さんにうまく合わせたように、専務が何らかの策をこうじてくれている可能性は高い。
拓真君の言うように、多少時間を置いて戻った方がいいのかもしれなかった。
『うん…そ…だね』
仕方なく肯定の相槌を打てば、押さえられた手首はすぐに解放された。



