『専務に密告するのが、”安全な出世”に一番の近道だということ…ですね』
『ま、そういうわけだ』
『では、牧村さんに辞令を出したのは…』
『ああ、私が人事を動かした…正直、奴の姑息な計画に乗るみたいで、いささか解せなかったのだが、こちらも先の理由で、空いたニューヨーク行きの切符を渡す相手が、早急に必要だったのでね』
もう一度チクリと拓真君を攻めるように言えば、悪びれた様子もみせず、『お手数をおかけして申し訳ありません』と、単調に返す。
『牧村は、プライベートの素行はともかく、今いる若手の中で、仕事に関しての評価は非情に高い。とりわけ営業力に関して言えば、如月以上の能力があると、この私も見込んでいるからね。幸いまだ主任クラスだし、彼が抜ければ多少の支障はあれど、他の人材に補えないほどじゃない』
つまり、杉崎専務と牧村さんの利害が偶然にも一致した…とういうわけなのだろう。
『奴はしてやったりと思ったかもしれないね、こんなに早く効果が表れるなんて、夢にも思っていなかっただろう。NY行きの話をしたら、飛び上がりはしなかったが、相当舞い上がっていたな…もっとも彼は、自分が如月の代わりだとは思ってはいないだろうがね』
専務はその時の牧村さんの様子を思い出したのか、含みのある笑みを漏らす。
牧村さんに辞令が出た経緯を知り、結局拓真君が会社をクビになる事もないことがわかると、ホッとすると同時に、自分がここ(専務室)にいることが急に恥ずかしくなる。
拓真君や牧村さんのように有望な人材に比べ、何の能力ももたない一平社員である自分。
考えてみたら、勢いに任せてこんな場所まで来て、拓真君を助けようなどと、おこがましいにもほどがあった。
『ところで森野さん』
ふいに専務に名を呼ばれ、落ちていた視線をあげる。



