『さて、牧村が君にしたことだが、大事に至らなかったとはいえ、怖い思いをさせてしまったようだね』
『いえ、それは全然っ…全然大丈夫です』
『君が望むなら、今からでも牧村の辞令を取り消すこともできるが…』
『でもそうしたら拓真君が…っ』
咄嗟に素直な感情が口から出てしまい、思わず顔が熱を帯びてしまう。
『ほぅ…如月がニューヨークに行ってしまうのは、嫌か?…だそうだぞ、如月』
にやついた専務にからかわれ、斜め前に立つ拓真君が、軽い咳ばらいをしたのが聞こえた。
『おっと、話が逸れてしまったが…森野さん』
『は、はい』
『牧村はなぜ、直属の上司でも、社のトップである社長でもなく、一番初めに私のところに来たと思うかね?』
いきなりの逆質問に動揺するも、単純に頭に浮かんことを口に出してみた。
『…如月さんの上司が、元々杉崎専務だったから…でしょうか?』
『残念だが、その答えでは、50点ってところかな』
専務は、気さくな笑顔を見せる。
いつも式典などで拝見する専務はキリリと凛々しいイメージが強く、こんな柔和な顔もあるのだと、意外だった。
『牧村は上昇志向が強い男でね。どう動けば自分にとって一番有利に効果がでるのか、考えて行動する。つまり彼の心中はこうだろう。私の逆鱗に触れ解雇された”如月”が、コソコソ社内にいるとわかれば、私が即刻対処するだろうと…ついでに、この件で私に借りができれば、今後の自分の処遇にも何らかの功績が得られるだろう…とね』
確かに、直属の上司に話せは、単に上司の手柄になってしまうし、直接社長に話せば、先々確実にトップに上がってくるであろう杉崎専務に、少なからず恨みを買うことになる。



