専務はひとしきり笑い治まると、そのまま自分の椅子には座らず、ぐるりとこちら側にやってきて、広いデスクに寄りかかると、先ほどと同じように腕を組む。
『ククッ、悪いね…いや、良いものを見せてもらった』
いつもはデスクの向こう側にいる人が、こちら側に来たせいで一気に距離が縮み、ますます緊張の度合いが高まってしまう。
そもそも、専務秘書だった拓真君はまだしも、私のような平社員には、雲の上のような方なのだから。
『先ず、君は何を勘違いしているのか知らないが、私は如月を解雇する気など、最初から全くない。第一、ニューヨーク行きは如月が行くことに決まっていたからね』
『え…』
『それを、こいつが先週、急に辞退したいと言い出したんだ』
咄嗟に拓真君を見るも、バツが悪そうに視線を逸らされる。
『君はすべて知っているようだから話すが、この話は元々社長からの提案でね、社長としては如月の才能をいつまでも眠らせておくのはもったいないと、いろいろ手をまわしたらしい。結果、通常復帰では流石に目立つだろうからと、海外でこっそり復帰させるおつもりだったようだ。向こうのスタッフも、去年如月が参加したプロジェクトのメンバーなんかが”是非に”と、言ってね…』
それはあまりにも大きなスケールの話で、そんな話を安易に断ることができるものなのかと、他人事ながら心配になる。
『…それを断るのって、大丈夫なんですか?』
『普通はありえない…よな?如月』
『一生言われそうですね、俺』
『ハハハ、一生言ってやるぞ』
拓真君は苦笑すれば、専務がそれに対応する。
その内容はかなり重いのだけど、二人のかけあいをみれば、まるで大した問題じゃないように思えてしまう。



