『あの…杉崎専務は、専務室にいらっしゃいますか?』
『専務?専務なら、今、面会中だけど…』
『その相手って、時枝く…いえ、総務課の”時枝さん”ではないでしょうか?』

少し強引に聞くも、ますます怪訝な顔をされてしまう。

『あなた、杉崎専務に何の用があるの?それに、面会中の相手を、秘書である私が答えるわけないでしょう?』
『そ、それはそうですけど…その、せめて時枝さんかどうかだけでも』

負けじと懇願すると、呆れたようにため息を吐かれ、それでも少し考えるようなしぐさをみせる。

『総務の時枝…って、あの怪しげな風貌の男性よね…それなら、今専務が面会していらっしゃる方とは、全く正反対だから違うわよ』
『正…反対?』
『そう、先ず外見や身なりが、彼とは大違い。背筋はシュッと伸びているし、何よりスッキリと短く整った髪型で、端正な顔立ちをなさっていたし、それにリムレスの眼鏡も知性が溢れてるっていうか…』

思い起こすように話す榊さんの表情が、明らかに異性を意識する女性特有の甘さを帯びていて、その特徴からも一人の男性とイメージが重なった。

”彼”に違いない。

『ありがとうございました!すみません、急ぐので失礼します』
『え、ちょっと…』

挨拶もほどほどに、榊さんの脇を抜け、そのまままっすぐ専務室に向かう。

角を曲がるとき、一瞬今来た廊下の先で、あっけにとられた表情で立ち尽くす榊さんが見えた。

意外だったのは、彼女が拓真君の素性をわかっていなかったこと。

杉崎専務は未だ専属秘書にさえ、拓真君の存在を明かしていないということだろうか…。

専務室の前に立ち、他の扉と違い装飾が施されている木製の扉の前で、一旦呼吸を整え、大きく深呼吸をする。

ここまで来たら、迷っている時間は無い。

躊躇せずノックを2回し、そのままの勢いでノブをまわして、大きく扉を開いた。