”チン”


専務室のある11階に着き、扉がすべて開ききる前にエレベーターを出ると、まっすぐ奥の廊下に直行する。

この階の廊下は、階下と違って絨毯が敷かれているために、歩く際の感覚がいつもと違って歩きづらい。

それでも、敷かれている萌葱色の絨毯は、両端の壁が少し暗めなブラウンなだけに、良く映え、昂る心を落ち着かせてくれた。

”まだ、間に合えば良いのだけど…”

流石に、絨毯の上を全速力で走るわけにもいかず、早歩きでまっすく進めば、専務室のある左側の突き当りから、一人の女性がこちらに向かって歩いてきた。

専務秘書の榊さんだ。

廊下の中央辺りで自然と視線が合い、一旦立ち止まって会釈をする。

『お疲れ様です』
『あら、あなた確か先週の…』
『総務課の森野です』

日々たくさんの来訪者や社員を目にしているというのに、先週のほんの一瞬だけしか会ったことのない私を覚えていたことに、単純に驚いた。

相変わらずモデル並みのスタイルで、白いブラウスと濃紺のタイトスカートに長めのスリットがやたらと目に留まり、女性から見ても艶っぽい。

『今日は、どなたかのお使い…かしら?』

通常一般社員があまり足を踏み入れる階ではないので、不思議に思ったのだろう。

訝し気な顔で質問をされるも、もちろん明確な答えなどなく、ここは単刀直入に聞いてしまうことにする。