『気を付けてくださいよぁ、ハイ』

香織ちゃんが集めた書類の束を手渡すと、どう見ても年上のはずの”時枝君”は、彼女に深々と頭を下げて、かすかに聞こえる程度の小さな声でお礼を言い、近くの階段を足早に上っていく。

『あ、ちょっと、時枝さん!これも…』

慌てて立ち去る拓真君の後ろ姿に、香織ちゃんが声をかけるも、聞こえていないのか、振り返らずに行ってしまった。

『もう、せっかちだなぁ』

彼女の手には、渡しそびれた、一枚の書類。

『香織ちゃん、それ私が渡しておくよ』
『え、あ…』

香織ちゃんの返事も待たずに、書類を手に取り、拓真君の背中を追いかけ階段を上る。

相変わらずの風貌と、今やわざとらしい程にみえる、極端な猫背の姿勢。

早まる鼓動を抑えつつ、速足でかけ上り、広い踊り場でやっと追いついた。

『と、時枝君っ』

私の声に立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

金曜日以来始めて目にする完全なる、”時枝バージョン”の拓真君。

見慣れているはずなのに、真正面で対峙して、なぜか緊張が走ってしまう。

『あのっ…』