周りの人の会話に聞き耳を立てると、当の本人は、すでに週末から異動の準備や引継ぎ等で走り回っているらしく、直接会って話を聞いた人はいないらしい。

確かに、通常の人事異動の時期ではない異動に、若干違和感は否めないけれど、去年の時枝君の事例もあり、それ自体が絶対に有り得ない話でもなかった。

それに加えて、実際に社内での牧村さんの仕事の評価は高く、遅かれ早かれそういったことになるだろうことは、周知の事実だったようだ。

だとしても…。

私的には、どうしても”先週の今日”という、このタイミングがひっかかる。

見たところ、他に貼りだされている通知文は無さそうで、拓真君が解雇されたりとかは、無さそうだけど…

『わっ』

後ろで、バサバサと、書類が落ちる音。

反射的に振り返ると、直ぐ近くの床に散らばった複数の文書と、それを慌てて拾う男性は…。


ドキッ


『時枝さ~ん、もう、何やってるんですか?』

すぐ近くにいた香織ちゃんが、呆れつつも落ちた書類を拾い集める。

いつもであれば、自分も反応するのだけど、何故か身体が動かなかった。

拓真君は、いつもの丸まった猫背で落ちた書類を拾い、身体をあげた瞬間、一瞬こちらに気づいたような気がしたけれど、直ぐに視線を床に落とされる。