『そういえば、あれって本当なの?』
『あれ?』
『高木君達の二次会のレストランに手をまわした、って話』
『あ~うん、まぁね』
『どうやって、あんなこと…』
『営業の担当者を通して、レストランのオーナーに、直にお願いしてもらったんだ』
『お願いしてもらったって…誰に?』
こんな一社員のプライベートなお願いを頼んで、相手のオーナーが聞き入れるなんて、よほど上の方の人じゃないと効力がないはずだけど…。
『それ以上は企業秘密だよ』
フッと笑って、この先は黙秘を決め込まれる。
仕方なく諦めるも、考えてみたらこの一週間で、拓真君の素の顔に触れる度に、いくつか解けない”謎”が発覚。
まだ入社から一年なのに、社内の内情に詳しかったり、いつもの仕事はルーズなはずなのにデータ入力はスピーディ且つ正確だったり…挙句に、定時上がりがお決まりのはずが、何故か時間外や休日に会社に呼び出されていたり…。
もはや私の知っている”時枝拓真”の方が、世を忍ぶ仮の姿で、本当の彼は全くの別人…という可能性さえ頭によぎる。
『まさかね…』
『ん?何か言った?』
『あ、ううん。それより、もう一枚食べてもいい?』
『もちろん』
そう言うと、嬉しそうにローストビーフを薄く丁寧に切り分けて、私の空になったお皿の上に、これもまたお手製のマッシュポテトと一緒に乗せてくれる。
どちらにしても、周りに自分の性的指向が晒されるのを怖がり、できるだけ誰とも関りを持たないようにしている職場での”時枝君”も、こうしてすべてをさらけ出したことで、心を開いてくれている素の”拓真君”も、本質は何も変わらない。
一週間前も、今も、優しい彼のままだ。



