『時枝さん、その…良いんですか?こんな、プライベートな事に』
『もちろん、気になさらないでください、そこの店は評判も良いですし、実はもう一店舗、別の場所もうちが手掛けるので、そっちの宣伝効果も兼ねて、先方も是非サービスさせてほしいとおっしゃられていますから』

高木君も徳永さんも、急な申し出に驚きつつも、嬉しいサプライズに、感激している様子。

いつの間にか、周りの誰もが、この突然現れた、紳士的且つ軽妙な拓真君の対応に、憧憬の目さえ向け始めてる。

彼の演じる”仮初めの恋人”は、私の想像を遥かに超え、その甘い眼差しが、時折愛しむように私に向けられる度に、これは演技なのだと分かってはいても、胸が高鳴った。

『彼、素敵じゃない!やっぱり紹介の話、必要なかったわね』

コッソリ徳永さんに耳打ちされるも、嘘がばれないように、合わせて笑みを返した。

すぐ隣では、”良かったら、ワインだけでも…”と、勧める高木君に、”せっかくですが、今日は車なので…”と、やんわりことわり、グラスに注がれたノンアルコールのビールを美味しそうに口にする拓真君。

そんなやりとりを、どこか絵空事のような感覚で見ていると、不意に拓真君と目が合い、思わず視線を逸らしてしまうと、繋がれたままだった手に力が加わり、ほんの少し引き寄せられた。

『萌』
『は、はい?』
『そこはちゃんと見つめ合わないと…だろ?』

ドキッ

グッと顔を寄せられ耳元で囁かれた言葉は、拓真君からの、演技のダメ出し。

確かにこの一週間の効果か、”交際一年の恋人”をスマートに演じている拓真君に対して、バーチャルな恋人しかいなかった私の演技は、あまりにもギクシャクしていて、このままだとバレるのも時間の問題かもしれない。

『ごめん…気をつける』
『疲れた?』
『ううん、私より、今まで仕事してきた拓真君の方が』
『俺は平気だよ…それに、今夜この後、萌にたっぷり癒してもらうから』
『!』

拓真君のセリフに思わず顔を見上げると、黙って微笑まれ、心臓がトクンと大きく音を立てる。