『2年の終わりくらいかな、公式戦で相手の投げたボールが右肘の辺りに当たってね…骨折、高木はその怪我を機に、キッパリ野球を辞めたんだ』

知らなかった…彼がそんなに野球に長けていたことも、志し半ばで挫折していたことも…そもそも高校の時の高木君が、どんなだったのかも覚えていないくらいだか、仕方ないのだけど。

『そんな大きな怪我だったんだね』
『ああ…いや、確かにちょっと複雑な骨折ではあったけど、選手生命が断たれるほどじゃなかった。医者は、時間はかかるけど、リハビリすれば問題ないって、言ったんだけどね』
『?…それなら、どうして?』

つい心に沸いた疑問が、口を次いで出てしまった。

彼の話が本当ならば、プロまで手が届きそうなくらいだった高木君が、どうして野球を、辞める決断をしたのか、単純に気になったから。

『…直接の理由かはわからないけど、実は高木が怪我したその日、琴子ちゃんも試合を見に来ていてね、高木がマウンドで倒れるのを生で見て、かなりショック受けたみたいなんだ…トラウマっていうのかな?今はそんなことないみたいだけど、当時はテレビの野球中継も怖がったらしい』
『徳永さんが…』
『うん』

高校時代は、美園以上に怖いもの知らずだった”強い”印象の彼女からは、想像できないほど意外なエピソードだった。

それだけ徳永さんにとって、衝撃な光景だったのかもしれない…大事な人が、目の前で傷つてしまったのだから…。

『もちろん、琴子ちゃんがそう仕向けたわけじゃない。むしろ彼女も俺達と一緒に必死になって、野球を続けるように説得したんだ…でも、高木の意志は固かった』
『それで、ずっと続けてきた野球を』
『うん…最後は、他にやりたいこと見つけたからって、やけにさっぱりした顔してたな』
『やりたいこと?』
『その頃高木の父親がやってた店を、自分がデカくするんだって、野球辞めた分できた時間で、経営学なんかを猛勉強してたよ…その結果、卒業後3年でこの店任されたって訳だ…有言実行ってやつだよね』

祐樹君が、あいつの根性には敵わないと、肩をすくめる。