何も考えられず、ただ心臓だけがバクバクと早音を打ち、雨音と混ざってうるさい。

不意に、右側から冷たい風が吹き抜けると、ホームにゆっくりと電車が入ってきた。

一番先頭の車両が目の前で停止すると、静かにドアが開く。

この駅の、改札への降り口は中央だからか、先頭車両の乗客で降りる客はいないようで、運転席の車掌が一旦降りてホームの安全を確認している。

『あ、じゃ…私、乗る、ね』

ぎこちなく声に出すと、繋がれたままだった拓真君の手を放し、そのまま電車に乗り込む。

それと同時に扉が閉まるアナウンスと発車を知らせるメロディーが、ホームに流れた。

『萌、ごめん…』

後ろで、拓真君の声がしたけれど、振り返る間もなく、電車の扉が閉まった。

ゆっくりと動き出す車内で、手すりにつかまり、さっきから飛び出しそうなほどの心臓を抑える。

”今、私、拓真君とキスした?”

動く車両の中で、しばらく頭の中がパニックに陥り、思考回路はショートして、起きたことを理解するのにかなりの時間を要した。

”どうして?”という疑問が、頭の中をリフレインする。

人差し指で、軽く唇に触れ、そこに触れた人を思い描く。

”萌、ごめん…”

後ろで聞こえた謝罪の言葉が、耳に残って離れない。

その言葉の意味を考えると、どうしようもなく切なくなり、溢れ出る涙を抑えられなかった。