”明日は会った瞬間、僕は萌さんの彼氏で、萌さんは僕の彼女になりきること”

”容赦しないから、覚悟しておいて”

確かに、リアルな恋愛を知らない私には、そんな揶揄いの言葉さえ、つい本気で受け取ってしまいそうになる。

でも冷静になって考えれば、これは自らが望んで拓真君にお願いしていることで、明日の成功の為にも拓真君が提案してきたことは、至極最もなことだった。

『気にしてないよ』
『本当に?』
『うん、私もシュミレーションは必要だと思っていたし』

拓真君を安心させるために大きくうなずきながらそう答えると、『それなら良かった』と、今日始めての笑顔を見せる。

『…それじゃ、ちゃんと”覚悟”もできてるってことだよな』

そう言うと、一瞬だけ妖艶な笑み浮かべ、唐突に空いていた右手を取られた。

『え』
『どうかした?』
『あ…えっと…』
『俺達、今日はそういう関係…だよね?』

完全に”彼氏モード”に切り替わっている拓真君に、にっこりと微笑まれ、何も言えなくなる。

これは、あくまでもこの1週間の集大成としてのシュミレーションの一環で、拓真君は間違ったことをしているわけじゃない。

頭ではわかっているけれど、心と体が追い付かない。

さっきから急激に打ち続ける胸の鼓動と、昨夜閉じ込めたはずの鉄蓋が、音を立てて揺れ動く。

『とりあえず、外は本降りだし、どっか入ろうか』

動揺する私を他所に、自然に手を引き歩き出す。

駅ビル内を拓真君の手に引かれて歩きながら、大粒の雨が打ち付けている窓ガラスにその姿が映ると、いかにも年相応の恋人に見えて、恥ずかしさで直ぐに視線をそらした。