暴君と魔女





居心地が悪いのかも分からないその時間に終わりを告げるように、口に運んだカップが微量のそれを流し込むと空になった。


ホッと、今更力が抜けそのカップをシンクに置く。


ここにいる理由もないと歩き出し、入ってきた入口に差し掛かった瞬間に引きとめる微弱な力。


心臓が強く跳ね、何か恐ろしい物でも俺を捕らえたように振り返れば、見上げる小さな子供の眼差し。




「のじょむしゃま・・・・」



拙い言葉。


それでも名前を呼ばれた事位は理解して、その呼び方にあの姿を垣間見る。


秋光の前であってもずっとそう呼んでいたのだろう。


フラッシュバックしそうな感情に怯え、俺を繋ぎとめたその微弱だけどもはっきりとした意思表示を振りほどいて歩き出した。


高鳴る心臓、今にも飛び出すんじゃないかというほど暴れるそれに口元を覆って足早に突き進む。


もっと早く、もっと遠く。


その姿はないというのに、なぜだか張り付いて離れない小さな気配に怯えて自室にかけ込むと鞄を掴んで車庫に向かう。


どうしても秋光と一緒に感じる気配。


思いだしそうになる感情は不必要だと逃亡を図る。


催眠剤となる仕事を求めて駐車場から車を走らせれば、その姿を捉えて息を飲んだ。


玄関扉の前で立ち無表情に悲哀を交えた秋光の姿。


ズキリと痛む胸の内に眉根が寄り背後から近寄る罪悪感。


なのに、それすらも振り切るように車を走らせ逃亡した。













仕事仕事仕事ーーーー。




キーボードの音が心地よいリラックス効果のある音楽の様にそれに集中する。


乾く目がチラチラと不快な残像を映し疲労を示しても酷使する。


それが自分の催眠剤なのだと。


いつもなら集中しその効果に浸り始めると言うのに、今日に限って効果を示さないそれに更に苛立ち。


キーボードを叩く音が止まった瞬間に容赦なく侵入を試みる感情に表情が崩れる。


その一瞬を狙って・・・。




染まるのは罪悪感。





「・・・くそっ・・・」




見事侵入されたそれに感情的な声を漏らし頭を抱える。


今も引かれたその感覚が残り、絡んだ黒目の無言の訴えに苛まれた。