心臓が早いのは走ったせいか、倒れた事への驚きの動悸か。
それも両方だろうと上がった呼吸を整えるように目蓋を閉じる。
薄暗い住み慣れた家の廊下にこんな風に倒れる事は初めてだと思ったタイミングに、俺の腕の中からすかさず逃げ出そうとする四季を俊敏に床に縫い付けた。
まだ・・・逃げる気だったか。
「お前は・・・・本当に頑なで往生際が悪い」
嘲笑交じりに呆れてそう言葉を向けた相手は走って高まった熱によって赤い頬に涙を流す。
何の涙か。
その涙を指先で拭って、そのままそっと唇に触れると言いそびれていた言葉を落とした。
「俺はお前を愛してる。
・・・・そんな力が無くても、
お節介でも、馬鹿でも・・・・。
その眼と、声と、心さえあればそれでいい
四季・・・・
愛してると言ってほしいんだ・・・・」
なんて・・・・絵本の様な大げさな言葉。
一生言う事はないと思っていた様なセリフ。
それでも・・・思った感情のままの本心だ。
「・・っ・・・・酷いです」
薄暗い廊下に響く泣き声孕む四季の声。
その言葉の続きを待ち静かに見降ろす姿ははらはらと涙を流し続ける。
廊下に水たまりも作りそうな止めどない涙を、拭うように頬に手を添えた。
「・・・私を・・・ただの女にするおつもりですか?」
「・・・・そうだ」
「・・・私は・・・・この力を失うのが恐い。・・・・酷く恐いんです」
「・・・・・本来人が持ちえない力だ。それに、限られた人物にしか作用しないそれに何故お前が執着して恐怖する?」
四季はその力に関して執着がある様に感じなかった。
頼まれ求められるからその力を使っている様に感じていたのに。
いつからかその力に依存するようになったのは。
その疑問の答えを探る様に涙で潤む四季のグレーアイを覗きこめば、まっすぐに見つめ返してきていたその眼に睫毛がかかる。
「・・・っ・・・もう・・・、見えな・・・」
言い切れず、嗚咽を堪えるように顔を両手で覆う四季が、それでも堪え切れなかった声を響かせて泣き崩れる。
すまない。
その痛みは理解しようがない。



