夜の帳

店の雰囲気は以前と変わ


ってしまったが、


たとえ本場の中国料理店で


あってもこの女に追加の


料理を頼む客は居ない


だろう。


もともと持ち合わせていた


したたかさに加え、


四十女の次元の違う図々


しさが備わってきている。


正面に座った女は、好み


の銘柄のビールを注ぎ終え


儀礼的に乾杯をすると、


さっそく喋り始めた。


「そんでさぁ、昔さぁ、

本山の坂の上り口んとこ

に無印があったでしょぅ、

その手前のビルの地下に

ソニープラザがあったん

だわぁ、

知らんのぉ? 

まぁええわぁ、

そこでバイトしとった

んだわその男が。

でさぁ、いっつも給料日

を狙って待ち合わせして

さぁ、この辺でおごらせと

ったんだわぁ。

ここに来るといっつも、

春巻きを頼んでさぁ、

その春巻きがめちゃ

めちゃ大きくて

うまかったんだってぇ。」


こちらの思惑など気にも


留めずに、十数年前の


エピソードを当時に戻った


かのように喜々として


喋りまくっている。


うつむいてビールをチビ


チビ舐めながら、果てし


なく続く女の話に頷き耐え


忍んでいるとようやく、


料理がテーブルに並んだ。


「そうそう、これだてぇー。」


酒で痺れきった貧乏舌の


酔客にとって味はともかく、


当時と変わらない春巻きの


大きさに不満は無いらしい、


さっそく揚げたてを頬張り


その熱々を舌の上で転がし、


口を押え、その熱さに


しかめっ面でこちらを向くと、


「んーハフハフ、何ぼーっ

としとんの、ハフハフ、

はよ食べやぁてぇ冷めて

まうがねぇ。」


そう言うと女は懐かしの


春巻きをビールで流し込んだ。