<side 佐々>


「花美……」


呟いた途端、クラクションが鳴り響いた。

信号待ちの運転手が、花美の姿に見とれている。


――見てんじゃねえよ……


どこの誰とも知らない運転手に毒を吐く。

けど、オレだって似たようなもんだ。

歩道に立ちつくしたまま、交差点を渡ってくる花美をじっと見てた。


あんなの、本当のあいつの笑顔なんかじゃないのに……

そんなこと、わかってんのに……

その姿に、胸が高鳴る。


――早く来いよっ


それなのに、花美は道路を渡りきる手前、

ほんの1メートルほどの微妙な距離を残して、急に立ち止まった。


「…佐々く……」


――早くっ……


「さっさと来いっ!!」


グイッ!!


引き寄せて、言葉が終わるより早く唇をふさいだ。

締め上げるように抱きしめる。

記憶の中じゃない、現実の花美。


「…んん……ん…」


重なった口の端から漏れる甘い声に、今まで抑え込んでいた感情が……

キレた。


――逃がさない。絶対に…

――離さないっ……!


腰に手を回し、もう片方の空いた手で、花美のアタマをすくい上げるように引き寄せる。

空を仰ぐほど反った、細い首。

花美の片方のつま先が、何とか歩道に触れてるだけの、ほぼ浮いたそのカラダを、

オレが全部抱きしめる。

全部……


――オレのもんだっ……


苦しそうに、ギュッ…と、花美の瞳が閉じられている。

小刻みに震えている長いまつげ……

紅潮していく頬。

キスを緩めると、濡れた唇から艶を帯びた吐息が漏れた。


「ぅ…んんっ……ん、はぁ、あ…」


キスに溺れて、不足した酸素を必死に求める。

その、薄く開いた唇に、迷わず深いキスを押し込んだ。


「やっ…ぁ!…あ…ふぁ、んん」


視線は花美から外さない。

オレの腕の中で震える様子に欲情しながら、何度も唇を貪った。


「…ぁ、…や、ふぁ…やあ…」

「……花美…」


ドンっ!!


誘うような甘い声とは裏腹に、思いきりよく突き飛ばされて、


「……っつ…!」


オレの口の中に鉄の味が広がる。