「その…、余計なお世話かもしれないけど、私、ユリさんと藤堂さんが二人並んでいるのスキ。だから、やっぱりちゃんと話し合って欲しいんだぁ。だって、ユリさん今、言ってたでしょ?“もういい”って…でも、それ、全然よくないって、私、知ってるから」

ユリさんは私を見つめたまま、黙って聞いてくれてる。


「だって、私もね、よく使うんだその言葉、“もういい”って……でもね、今思えば本当にソレでよかったコトなんて1っコもなかったよ?」


いろんなことから逃げてきた。

今までずっと……

だから、私なんにもないの。


友達とか、

恋人とか、


やりたいことや、

……夢。


信頼や、

自信も……


人がね、怖くてもきちんと向き合って、手に入れてこなくちゃいけなかったもの、

私は何にも持ってない……


「……私も、“もういい”って逃げてきたの。でも、帰るから。私も、がんばるから」

「Hなんてがんばってするもんじゃないよ?」

「違う。Hのことじゃない。他にやり残してきたことがあるの」


大きく一つため息をつくと、ユリさんは観念したとばかりにつぶやいた。


「……そっか……でも、カラダを重ねてわかることも……あるかな……」


ユリさんは、私の手からキーを受け取ると、


「……籐堂と、ちゃんと会って話てみるよ……」


そう言って、愛しげに、しばらく手のひらにあるそのカギを見つめてから、

アパートの階段を下りて行った。

しばらくすると、静寂の中、あまりフかさないように気遣った、控えめな排気音が階下できこえる。

細く、長く、その音色を伸ばし、再び静寂に消えた。

私は、おもむろに立上がり、軽く身支度を整える。

佐々くんのお母さまにもらったワンピースは目立ちすぎるので、制服に袖を通した。

一度玄関で立ち止まり、室内を見渡す。

お辞儀をして合鍵をかける。

鍵は新聞受けの口から中に落とした。