現在アヴェルスとの弓勝負は順調に十連敗中だ。予想していたとはいえさすがにつらい。
 アヴェルスは「弓もそこそこ練習してた」などとほざいていたが、毎回毎回、機械かと思うほど正確に的の真ん中を射抜くのはそこそこの練習量でできることだろうか?

「く、悔しい……っ!」
 その日の勝負も負け。夜の寝室にて、ベッドの上に転がって蹲っているエルトリーゼが心底悔しそうに呟くと、同じようにベッドに入ったアヴェルスが笑う。
「おまえも随分、その身体で正確に射るようになってきたじゃないか」
 エルトリーゼは彼のほうを向いて、ぼそぼそと答える。

「でもまだまだ遠く及ばないもの……っていうか、あなたに敵う気がしないんだけど」
 アヴェルスは一度も的の中心を外したことがない、ありえるだろうか、こんなこと。
 これも魔法だと言われても驚かないが、彼はエルトリーゼに対してそういう卑怯なまねをする相手ではない。

「手を抜いてほしくはないだろ?」
「当たり前じゃないっ! そんなことしたら大嫌いになってやるんだからっ」
 頬を膨らませたエルトリーゼに意地悪く笑って、アヴェルスはそっと彼女を抱きしめる。
「じゃ、俺もせいぜい負けないようにしないとな。けど……弓を射るおまえの横顔を見てるとたまに外しそうになる、あんまり可愛くてさ」
「――そーいうこと、平気で言うからあなたはずるいのよ」
 ぽすっと彼の胸に額を寄せて、エルトリーゼは耳まで赤くする。

「そんなの、私だって同じだし。弓を射るときは本当に、格好良く見えるから不思議よね」
「なんだその普段はそうじゃないような言いかたは」
 不満そうな表情でアヴェルスがエルトリーゼの頭を軽くつつく。
「顔は綺麗でも黙ってないと綺麗じゃないでしょ、あなたは。でもまぁ、そんな真っ黒なところも好きになっちゃったんだから、私も私なんでしょうけど」
 エルトリーゼの言葉を聞いて、アヴェルスはくすくすと笑い、彼女のふわふわとした金色の髪に指を絡める。

「じゃ、黙ってれば俺の顔も好きってことか。それは光栄だ」
「そうよ、好き。だから……これからもずっと、ずーっと、一緒に居て」
 エルトリーゼが少しだけ身体を離して、彼の顔を見つめて言う。その真剣な声に少しだけ驚いたような顔をして、アヴェルスは笑った。
「そんなに不安そうな顔しなくても、俺は簡単に死んだりしないぜ。けど、おまえのそういう素直な反応はいいもんだな」
「もうっ、冗談で言っているんじゃないのよっ!」
 彼女が怒ると、アヴェルスはぽんぽんとその頭を優しく叩いた。

「おまえと一緒に居たいから、俺は死んだりしない。だからおまえも、俺を置き去りにしたりするなよ?」
「……ええ」
 優しく髪を梳いてくれる大きな手が心地よい。うとうととしながらエルトリーゼは答えた。

「……アヴェルス。好き」
 小さく呟いて、そのまま眠りに落ちていくエルトリーゼにアヴェルスは紫の双眸をまたたいて、まいったという様子でため息を吐いた。
「そういうことあっさり言って寝てくれるなよ」
 手をだすこともできやしない。けれど、穏やかなエルトリーゼの寝顔を見ているとそんな不満も吹き飛んでいく。
「愛してる、エルトリーゼ」
 彼女の耳元で囁いて、その華奢な身体を抱きしめてアヴェルスも眠りに落ちた。

 ――それは、輪廻を廻った少女と孤独な王子の物語。