もとの世界に戻ってきて数日、夜を迎えた寝室でさえ肌を隠すような夜着を選ぶエルトリーゼを可愛らしく思いながら、アヴェルスはベッドの上ですぐ隣に横たわる彼女に声をかける。

「なあ、どうしてこっちの世界じゃ弓に手をださなかったんだ?」
 相変わらず背中を向けて縮こまっていた彼女は、不思議そうな顔でころんと身体ごとこちらを向いた。
「……何よ、急に」
「前世では弓道をやってたってことを思いだしてさ」
 アヴェルスが言うと、エルトリーゼは水色の瞳を逸らして頬を膨らませた。

「……うまくいかなかったのよ、どうしても」
 黙って続きを促すと、彼女はどこかやけになって言う。
「こ、この身体は小さいからっ! どうしてもセツナの感覚が残っててうまくいかないのっ、それにこの世界では弓っていうと狩りに使われることがほとんどだし……それには興味ないもの……ひゃ」
 ふにっと、彼女の頬をつつく。もともとうまくいっていたことがうまくいかないというのは歯痒かっただろう。けれど、彼女には悪いがそんな姿も可愛らしい。

「な、何よっ、言いたいことがあるなら言いなさいよっ!」
「もしもおまえがまたどうしても弓に触れたいときがあって、勝負相手が欲しいなら相手になってやるぜ。狩りは嫌でもそういうのは好きだったんだろ?」
「へ……」
 エルトリーゼはきょとんとしていたが、やがて拗ねたように言う。
「……あなたが相手じゃ、敵いっこないじゃない」
「おまえはそういう奴に勝つほうが楽しいんじゃないのか? 楽に勝てる相手を選んで勝負するやつには思えないんだが?」
 そう言うと、心外だというようにエルトリーゼが言う。

「当然でしょ! 言ったわねアヴェルス、絶対絶対負かしてやるからね! せいぜいあとで私に勝負を挑んだことを後悔するがいいわ!」
「ああ、楽しみにしとくよ。ところで俺が勝った場合は何をしてくれるんだ?」
「は?」
 にっこりと微笑んで言うアヴェルスに、エルトリーゼはぽかんとしている。
 そしてさあっと青ざめると、またころりとアヴェルスに背を向ける。

「無効で、無しで、やっぱり無しよ。わ、私があなたに敵うわけないじゃない、いやだわー」
「啖呵切っといて逃げだすのか? なんだ、たいしたことないな。このあいだは護身術を身につけたいとか言ってたが、口先だけか」
 こう言えばおそらく引っかかる。そう思ったのは正解だった。
 エルトリーゼはまたころんとこちらを向くと頬を赤く染めて言う。

「なっ、なんですって! 護身術だって私は本気よ! やるわよ、やってやろうじゃないの! 絶対絶対ぜーったい! 後悔させてやるからね!」
 あぁ、可愛い。自分は頭がおかしくなったのではないかと思うほど、この少女が愛らしくてしようがない。
 軽くつつけば引っかかるところも可愛いのだが、ここに関しては他人に利用されそうで心配でもある。