人間のスタート地点はみんな同じだというが、それなりにそれぞれ生まれつき個性はあるように思う。
 そういう意味合いで、アヴェルスという存在は最初から王子など真っ当に務まる存在ではなかったのかもしれない。自分はきっと生まれつきあまり性格がよくなかった。

 他人の嘘や演技に目敏く気づくうちに、他人と理解し合うなど馬鹿馬鹿しいと思い始めたのだ。誰も彼もがアヴェルスの機嫌を取りたがるが、こちらはそんなこと望んでいない。
 十歳になる頃には、誰とも分かりあえることなどないと思って、こちらも演技と嘘のみで対応するようになった。唯一レディウスのことは信頼していたが、それがレディウスの「信頼」と同等のものでないことは彼もよく分かっていただろう。
 ユーヴェリーのことも大切に思っていたが、彼女の前で素顔を晒す勇気はなかった。
 恋しく想っていたからこそ、軽蔑を恐れたのだ。

(それで言えば、最初のうちエルトリーゼをなんとも思ってなかったのは運がよかったな)
 思えば、エルトリーゼとまともな会話をしたのは婚約をした日が初めてだった。
 それまで、それまでずっと、父の命令で彼女とは距離を置かされていた。別に興味もなかったし、理由を考えたこともなかったが、両親はそれなりに自分のことを案じていたのかもしれない。
 確かにアヴェルスの素顔を知ってなお、受けいれられる令嬢はエルトリーゼくらいだったかもしれない。他の、ユーヴェリーは分からないが、ただ上辺だけのアヴェルスしか知らない令嬢たちは卒倒するかもしれないと考える。
 まあ、だからこそ最初はなぜエルトリーゼなのだと思ったものだが。
 幼い頃から年齢にそぐわない瞳というか、雰囲気というか。違和感のようなものを強く感じさせられる相手だったのだ。

(あーあ、本当に貧乏くじだ。なんだって好きな男が居る女なんかに惚れちまったかな)
 本当にただの政略結婚だったなら、ここまでしてやらなかっただろうに。
 エルトリーゼが初めてアヴェルスの前でシヅルの名を呼んだ日のことをよく思いだす。
 なんとも腹立たしいことだ。あのときはまだそこまで苦しくならなかった、けれど今は胸が強く痛む。
 けれど結局アヴェルスはエルトリーゼの選択を待った。
 打ちあがる花火を見あげて、この世界の花火は火薬を使ったものなのかと考えていたときだった。

 周囲の様子が変化したのを敏感に察して、セツナが、エルトリーゼが居る方向に視線を向けると彼女はシヅルに両肩を掴まれていた。
 それを見たとき、嬉しくなかったと言えば嘘になる。
 彼女は戻ることを選んだのだと、この世界を裏切ることを選んだのだとすぐに分かったからだ。シヅルよりも、アヴェルスを選んでくれたのだ。
 そこから先は大脱走。怪物のようになった人々が追いかけてくるのは彼女にとって恐ろしかっただろうが、アヴェルスにとっては不思議と心が軽くなるものだった。

 その光景のすべてが、エルトリーゼが自分を選んでくれた証明であったから。