おそらくこの先に彼女の想い人が居るのだろうと思うと、胸が焼ける思いだった。
 しかし、エルトリーゼの決断を見届けるまではここに留まって、彼女を見守ろうと決めていた。もしも、もしもエルトリーゼとして生きる決断をするのなら、そのときには護ってやらなければならないだろうし。

 電線の張り巡らされた空は檻の中に居るように感じられた。もとの世界ではなかなかお目にかかれないものだと思えば、今のうちによく観察しておこうと考える。
 やがて見えてきた学校、弓道場の方向へ向かえば、セツナとシヅルの姿がある。

 それに少し紫の双眸を細めて、唇を噛んだが……セツナの笑顔がぎこちないことに気づいた。
 昔の恋人に再会したからか? それとも、うしろめたいとでも思っているのだろうか。
 後者だとしたら少しは気分が晴れる、アヴェルスという人間に対して罪悪感があるというのなら。もっとも、確認のしようもないのだが、そのうち分かるだろう。

(本当によく似てるな……ムカつく)
 シヅルという男は確かにレディウスとよく似ていた。というか、顔だけ見ればそっくりそのままだ。雰囲気や言葉遣いは異なるようだが。
 そのあとのことだった、昼食時、セツナに呼び止められて彼はそちらに足を向けた。
 今の自分はアヴェルスではなくナツなのだから、それらしく振舞わなければならないのがもどかしい。
 どうやらセツナはナツの瞳の色を気にしているらしい、そう思うと、少しだけ嬉しかった。自分のことなど一切忘れてこの世界を謳歌された日には、諦めざるをえないと思っていたから。

(ま。今は教えてやるわけにはいかないが……おまえの邪魔をするつもりはないしな)
 フードを外す前に魔法で目の色を変えておく。今、ここにアヴェルスが居てはいけない。
 そうしたらその時点で、この世界はエルトリーゼに、アヴェルスに牙を剥くだろう。
 花火大会に行きたいという、セツナの願いを邪魔するつもりはない。
 ナツの双眸を確認すると、彼女はどこか落胆したような顔をした。

(少しでも、俺だったらって期待してくれてりゃあなあ)
 そう思いながら、ナツのふりをしながら彼はその場を去ったが、そのあとすぐセツナの隣に座るシヅルを見かけてまた胸が焼けるように痛む。
 最初は、こんな子供っぽい女と思ったのは確かだが、随分入れこんでしまったものだと思う。きっとエルトリーゼでなければ、こんなに胸を焦がすこともなかっただろう。
 これが他の令嬢なら、いつものようにしていられた。きっとなんとも思わなかった。
 なぜなら、アヴェルスが素顔を明かすこともなかっただろうから。
 最初は素の自分で居られるということが、こんなに安らぐことだと思っていなかった。

(一番最初の選択から間違えたな)
 エルトリーゼに演技をするなど滑稽だと素顔を明かしたが、そのためアヴェルスは心の深いところまで彼女の侵入を許してしまったように思う。
 せめて、それがお互い様であればと思うのだが、望みは薄いだろうか。