「へぇー? なるほど、何も分かってねえんだな。なら、教えてやるよ」
 低く、どこか意地悪な声が聞こえて嫌な予感が押し寄せる。
 するりと背筋を撫でられて、こぼれそうになる悲鳴を堪えようとしたのだが、首筋をぬるりと熱い舌がなぞって今度こそエルトリーゼの小さな唇から甘えたような声がこぼれる。

「や……っ、な、何す……っ!?」
 アヴェルスの大きな手がエルトリーゼの華奢な身体をなぞって、彼女は驚いて水色の瞳を丸くした。我慢とは、まさか。
「ちょっと、ばっ、馬鹿! は、離して……! 無理、まだ無理だから!」
 逃げだそうとするエルトリーゼの真っ赤になった耳を軽く食んで、アヴェルスは囁く。

「こっちはおまえと昔の恋人のいろいろ見せられてイライラしてんだよ、少しはおまえも誠意を見せろ」
「せ、誠意って何よっ! も、もう少ししたらちゃんと、その、受けいれる、から……っ」
 今そんなことをするなんて無理だと言い募るも、彼は気にしたふうでもなくエルトリーゼの夜着に手をかける。

「嫌なこった。おまえときたら無自覚にもほどがある。待ってやるのは今このときまでだ」
「ひ」
「それに……シヅルって男のことは受けいれたんだろ」
 拗ねたようなアヴェルスの言葉に、そういえばそれも嘘をついたままだったとエルトリーゼは気づいた。

「そ、それは……その、そのぅ……シヅルとも、本当は……ない、の」
「……は?」
 不思議そうに双眸をまたたくアヴェルスに、エルトリーゼは真っ赤になって叫ぶ。
「ないの! 死んじゃったから!! だ、だから本当に初めてで……その……こ、怖い……し……」
 後半にゆくにつれてぼそぼそと喋る。アヴェルスは口元に手をあてて瞳を閉ざして、何か堪えているようだった。

「な、何よ! 笑いたきゃ笑えばいいわ!!」
 思えば彼は経験があるのだろうしと、やけになって叫ぶとアヴェルスはエルトリーゼの髪にキスを落とした。
「可愛いと思ってただけだ。あと嬉しかった、純粋に。そして今日は絶対に逃がさねえ」
「――へ?」
 結局、その日エルトリーゼがそこから逃れることはできなかった。