「お、重くない……?」
 思わず問いかけた、アヴェルスはエルトリーゼを抱えているというのに息切れもしなければ涼しい顔で走っているからだ。

「おまえは俺を馬鹿にしてんのか、おまえぐらいの重さでへばってたら騎士団の訓練なんか耐えられるわけがねーだろ、鬼教官なんだぜ?」
「騎士団……? あなた、そんなところにも居たの?」
 すっかり勉学だけなのだと思っていた、意外な話だ。

「レディウスとかと一緒に訓練を受けてたんだよ、護衛が居るっつっても、俺があんまり足手まといになるようじゃ困るだろ。暗殺者の一人二人なら自分でなんとかできる」
「それも完璧だったわけね」
 意外だとは思わなかった。アヴェルスならきっとやってのける。
 けれどだからこそ、やはり彼には素のアヴェルスとして居られる時間が必要だ。
 それと同時に、戻ったら自分も護身術の類を学ぼうと決意する。体力も必要だ、こんなふうに庇われて護られて足手まといというのは金輪際お断りだ。

「っと、やっぱり来るよなァ……妻に嫌われたくないって意味じゃあ、てめぇの相手だけはしたくねーんだけどな」
 神社の階段を駆けあがったかと思えば、急に立ち止まったので本当に舌を噛みそうになった。
「セツナを……返せ……」
 虚ろな表情でそう告げるシヅルに、アヴェルスはまた舌打ちをした。

「仕方ねぇなァ、やっぱてめぇをぶっ壊すのが一番こっから出るのに手っ取り早いか」
 アヴェルスの持っていたナイフが形状を変えて剣に変化する。
「エルトリーゼ、うしろ向いて耳塞いで目ぇ閉じてろ。嫌だっつってもこれだけは避けられそうにない」
 一瞬の迷い。けれどエルトリーゼは首を横に振ってからシヅルを見つめて告げる。
「大丈夫。私がしたことの責任だもの、最後まで見届けるし、あなたのこと恨んだりしないわ」
 アヴェルスのせいではない、安易に現実から逃避しようとした自分が悪いのだ。
 そしてこのシヅルはシヅルではない、彼はもうどこにも居ない。
 エルトリーゼの返事を聞くと、アヴェルスは「しようがねぇなあ」と言って剣を構えた。

「悪いがてめぇにはここで壊れてもらうぜ、死人の妄執には付き合ってられねぇんでな」
 最初はアヴェルスの言葉の意味が分からなかったが、思えばセツナが死んで、今すでに転生しているのだ。シヅルもとうに亡くなっていておかしくない。
「セツナ……どうして、どうしてだ……?」
 シヅルの声に心が引き攣るように痛んだが、もう戻れない、もう、彼と自分は同じ場所に居ないのだ。
 もう二度と、こんな形で現実から逃げないと心に誓った。