セツナ・ドウジマとして目をさました。そこは交差点の真ん中で、赤信号が見える。
 この景色には覚えがある、バケツをひっくりかえしたかのような大雨、エルトリーゼ……セツナは慌てて交差点を渡り切った。その直後、赤信号を無視して車が突っ込んでいく。

「……っ、本当に」
 水面に映った自分の姿……金色の髪は茶色に、水色の瞳は黒に。
 震える手で傘を握り直した。そして、家に帰るより先に彼女は別の方向へ足を向けた。
 ここからだと少し遠い、赤い屋根の家に着くとインターホンを押す。
 しばらくして、黒の短い髪に青い目の青年がドアを開けた。

「はい? って、セツナ!? どうしたんだ!?」
 その顔を見て、安堵と懐かしさが込みあげてくる。
「シ、ヅル……あの、その、私……」
「雨ひどいだろ。いいから、あがれよ」
 彼に手を引かれて玄関に入ると、シヅルが心配そうにセツナの頭を撫でた。

「いったいどうしたんだ? こんな時間にこんなとこまで一人で……」
「その、私、あなたに……言いたいことが……」
 焼け付くような胸の痛みがあった。きっと、シヅルに逢えば安心できると思っていた。それだけだと思っていたのに、脳裏を掠める面影がある。押し寄せるのは罪悪感と、かすかな後悔。
「言いたいこと? あぁ、週末の花火大会のことか?」
 言葉がうまく出てこない。優しく微笑むシヅルを見ていると言葉が引っかかってしまう。
 さようなら。という、それだけの言葉が。

「そんなの、電話でよかったのに。あ、飯でも食っていくか?」
「ちょ、ちょっと待って、シヅル」
 ここに長居するつもりはなかったのに、腕を引かれて家の中へ引っ張り込まれる。
「うち、今日親父もおふくろも留守なんだよ。だから、その……できれば、おまえと一緒に居たいな」
 ここは仮想現実だ。それでもこれは、あったかもしれないもう一つの可能性なのだろうか。
 セツナは躊躇った、今の自分はすでにセツナではなく、エルトリーゼでもあるのだ。

「ご、ごめんなさいシヅル。今日ここに寄ったのはその……たまたま近くを通りかかったからで、家に帰らないといけないの」
「そう、なのか? 残念だな……」
 結局、セツナは「さようなら」という一言を彼に告げることができなかった。
 自分がどうしたいのかもはっきりしていない、アヴェルスから逃げたいのなら、この世界に留まり続ければいい。シヅルと共に仮想の世界とはいえ生きていける。

『もう少し……傍に居てくれないか』
 ふと、脳裏に蘇るアヴェルスの言葉。けれど、それが嘘か本当か分からない。
(もう少し、もうしばらくのあいだ……)
 自分がどうしたいのかはっきりするまででいい。もしもこちらに残ろうと思うのなら、それでもいいだろう。
 あるいは、アヴェルスたちの居る場所に戻る決意を固めるのかもしれない。