『セツナ、今度の花火大会一緒に行こうぜ』
 恋人のシヅルにそう言われて頷いたのはそれが起きる数時間前だった。
 それなのに、死んでいる。私が……セツナ・ドウジマが。
 なんてことはないただの高校生だった私は、雨の日の夜、車に撥ねられて死んだ。
 部活が遅くなっただけだった。
 死の間際、私はたくさんの後悔を抱いていた。
 友達のこと、家族のこと……恋人のシヅルのこと。
 けれど、目が覚めたら私は――異世界の公爵令嬢になっていた。

 ◇理想の王子様? なんだか胡散臭いわ◆

 淡い金色の髪に水色の瞳を持つ、美少女として有名な彼女、エルトリーゼ・アイシュヴェル公爵令嬢はその日、目の前の男に対して貼り付けた笑みを浮かべながらも、よくよく観察していた。

(これが噂の完璧王子、アヴェルス・フォン・ナイトフェイドねえ……)
 ここは王城の一角。招かれた理由は彼との婚約のためだ。
 正直冗談ではない、こんな胡散臭そうで面倒くさそうな気配のする男。
 金色の肩まである髪、紫の瞳は笑っているのにまったく笑っていないように見える、ともすると、お互いに「冗談じゃない」といったところだろう。

(くっ……冗談きついわよ、シヅルとは大違いだわ、こんな男と結婚なんて嫌に決まってるじゃないの)
 前世の恋人であったシヅルは快活で誠実な男性だった、この男の死んだような目とは大違いだ、その時点で受け付けられない。
 けれど結局、断れる立場でもないエルトリーゼはそれを承諾せざるをえなかった。

(あぁ嫌だ嫌だ、前世に戻りたいわ。とは言ってももう戻れないし、身体とっくに火葬されちゃってるだろうし、拒否権もないし、さんざんだけどしようがないわね)
 そんなことを考えながら、不本意ながら無事に婚約を終えて王城を去ろうとしたとき、アヴェルスに呼び止められた。
「エルトリーゼ、少しぼくと話をしないか? せっかく婚約したのだし、お互いのこと、少しは知っておくべきだと思ったんだ」
 優しい声音が作り物であると気づくのにそう時間はかからなかった。
 前世の記憶上、セツナの知り合いにはまさにこのタイプの男が居たのだ。

「まぁ、嬉しいですわ殿下。喜んで」
 ふふっとこちらも作り笑いに猫なで声で返し、二人はアヴェルスの私室に移動した。そして……。
「ほんっと、最悪だよ、おまえみたいな不細工を妻にとか、正気を疑うね」

 ほらきた本性。

 エルトリーゼは全て予想していたので、笑顔を崩さずにアヴェルスの本性を受けとめた。
 なんにしても、エルトリーゼが言い返していいことなどひとつもないのだから。
 壁に背を預けて腕を組んだまま、アヴェルスが続ける。
「しおらしい態度取ってるけど、おまえ俺と同類だろ? 別にいいぜ? そんな無理してお嬢様ぶらなくても。不敬だって牢にぶちこみやしねえよ」
「あらあら、それではお言葉に甘えて……」
 エルトリーゼの美しい顔が侮蔑に歪む、とはいえお互い様なのだが。

「こっちだってあんたみたいな腹黒性悪男ごめんこうむるわよ、でもしょうがないじゃない、あんたのお父上が私を選んじゃったんだもの、私以外ならその素顔さえ晒さなきゃキャーキャー言って喜んだでしょうにね! あいにく私は想うひとが居るのよ、あんたみたいな厭味ったらしい男じゃなくて、もっと誠実なね!」
「へェ? 俺も同じだよ。じゃ、お互いにそのつもりで付き合うってことで」
「それで結構よ。こっちも、あんたのあの薄気味悪い作り笑いなんか四六時中見ていたくないわ」
 それが、まったく穏やかではない婚約の日であり、二人の出会いの日だった。