「私にはもう帰る場所がありません」

そう呟いた途端、堪えていた涙があふれ出した。

「真琴」

彼は立ち上がると私のそばに来て強く抱きしめた。

「真琴の居場所はここだよ。ずっといていいんだ」

澤井さんの温かい胸も優しい言葉も私を通り抜けていく。

彼のことが好きになりすぎて、その先を考えたくない。

澤井さんの愛情がなくなって、私から離れてしまうかもしれないことが暗闇以上に恐ろしかった。

ただそれだけだった。


翌日の早朝、まだ日も昇らない暗いキッチンで私は彼の好きなジャガイモのお味噌汁と鮭を焼いて朝食を用意する。

作り終えた後、テーブルにメモを書き残した。

『澤井さん　
本当にたくさんの優しさをありがとうございました。
今は一人になって自分のことを見つめ直したいです。
朝食作りました。私の分もいっぱい食べて下さい　
真琴』

読み返しながら、まるで子どもが書いたみたいな文章だなと思い笑ってしまう。

これ以上澤井さんと一緒にいたら彼を傷付けてしまうと一晩中考えてこの結論に達した。

ひょっとしたらこうすることは間違いなのかもしれない。

今の私には全くわからなかったけれど。

だけど、これは彼女への嫉妬の代償だと感じていた。嫉妬は相手も自分も傷付けてしまう。

こんなこと澤井さんでなければきっと知ることのできなかった気持ち。


今日出社したら亜紀か秘書の相原さんにしばらく居候させてもらえないか聞いてみよう。

断られた時は･･････また考えよ。

ジャケットを羽織ると、荷物を持って部屋の扉をそっと閉めた。