「初めまして、夜分に申し訳ありません。澤井涼太です」

澤井さんは一寸も動じることなく父に深く頭を下げた。

「君は?」

父は尚も眉間に皺を寄せたまま玄関の扉から顔を覗かせたまま尋ねる。

「真琴さんと最近親しくさせて頂いています」

そう言うと、澤井さんは父の前に歩み寄り自分の名刺を手渡した。

「うむ」

あまりに堂々と振る舞う澤井さんに父も言葉を飲み込む。

しかも突然の男性の来訪に恐らく父の頭の中はパニックだろう。

男の影なんか一度たりとも見せたことがなかった私に、こんなにも非の打ち所のない男性が訪ねてくるなんて想像だにしていなかったに違いない。

彼の名刺を見つめながら、僅かに目を大きく見開いた父は小さく呟く。

「あの澤井ホールディングスだって?」

そして私の方に再び視線を向けた。

「まさかさっきお前が誰かと一緒に住みたいと言ってたのは、こちらの澤井さんか?」

私は父の目をしっかりと見つめたまま頷いた。

「真琴、すまない。君からお父さんに先に話してくれたんだね」

澤井さんはこちらを振り返り私だけに聞こえるようにささやくと、また前を向き父の方をしっかりと見据えた。

「今、僕には真琴さんの存在が必要です。真琴さんと一緒にうちで住ませて頂けませんか。決して彼女を傷付けないと約束します」

私が必要?思いがけない澤井さんの言葉に私の胸が高鳴る。

「一緒に住むだけで傷物になるってことも君はわからないのか。同居するっていうことがこの子にどういう影響をもたらすか考えて言ってるんだろうな。君は責任を取れるのか?」

父は彼をにらみながら強い口調で言い放った。

「もしも、真琴さんが傷付くようなことがあれば責任を取ります」

「冗談も休み休み言え。澤井ホールディングスの息子がうちの娘なんか相手にするとは思えん。遊び半分に付き合ってるんだろうが、俺にとったら大事な大事な娘だ。申し訳ないが断る」

父は自分と彼を隔てている玄関の扉を勢いよく閉めようとした。

「待って下さい!」

その扉が閉められそうになったその時、彼は自分の腕を扉の間にすばやく差し入れた。

彼の腕に扉が勢いよくぶつかりにぶい音がする。

「澤井さん!」

思わず一瞬苦痛に歪んだ彼の顔を見上げて叫んでしまう。

それでも、澤井さんは父から目を離さなかった。

誠意を滲ませたそのまっすぐな目に父も扉の向こうで一瞬たじろぐ。