「どうして?」

「家を出たいなんて言うからさ」

「もうすぐ30歳だよ。好きな人がいなくたって1人で暮らしたいって思うのは普通だよ」

「真琴は1人じゃ無理だ。頼りなさ過ぎる」

「いつまでも子ども扱いしないで!」

思わず声が大きくなる。

父はそのまま黙ってしまった。テレビのお笑い芸人のギャグと人の笑い声だけが小さく聞こえていた。

「1人じゃ無理っていうなら、誰か一緒だったらいいの?」

父は黙っている。

父が言っている意味はきっとそういうことじゃないっていうのもわかっていた。

だけど、澤井さんが来る前にどうにか話を繋げておきたい。

父のためにも。

そして澤井さんのためにも。

「一緒に暮らす相手は、真琴にとって大事な人か?」

父の声はとても弱々しく聞こえた。

「・・・・・・はい」

小さく答える。

「後悔しないか?」

先の見えた同居だ。澤井さんがニューヨークに発つその日まで。

決して繋がらない相手と一緒に暮らすってこと、後悔しない?

しばらく考えてから答えた。

「後悔しないわ」

父の深いため息が聞こえた。

「そうか」

そろそろ顔見て話をした方がよさそうだと思い、ゆっくりとキッチンからダイニングにいる父の方へ出て行った。

父の正面に座る。

父の顔はまだテレビに向けられたままだったけれど、うっすらと目に涙が滲んでいるのが見えた。

「あのね、お父さん」

その横顔に思い切って話しかけたその時、玄関のチャイムが鳴り響いた。