私といたら楽しいと言ってくれた彼の言葉は素直に嬉しかった。

少しは役に立ってるのかもしれない。

澤井さんは雨が打ち付ける窓の方に目を向けた。

「俺、もうすぐ転勤になるかもしれない」

「転勤?」

「ああ。俺が以前いたニューヨーク支店のトップと部下達の折り合いが悪くてね。うまく仕事が回っていないらしいんだ。それでまた支店長として戻らないかという話が出てる」

言葉が出なかった。

激しい雨音が2人の間の沈黙を埋めている。

「真琴が自分に自信をつけて、いい男と巡り会うまでそばにいるつもりだったけれど、俺にはあまり時間がなくなってしまった」

なんだか頭の中がパニックでどうしていいかわからなくなっていた。

同居なんて、絶対無理だ。

だって父がいるもの。

父はきっとそんなこと許してくれるわけがない。

今まで母の分も二倍の愛情で育ててくれた父を悲しませるようなことはしたくなかった。

だけど・・・・・・。

もうすぐ澤井さんと会えなくなるかもしれない。

会えなくなる日までそばにいたい。その気持ちだけはくっきりと胸の奥に浮き出ていた。

それが例え父を裏切ることになったとしても。

「少しだけ時間をください」

「うん、もちろんだ。俺のわがままなお願いだからね」

私はうつむくと小さな声で言った。

「すみません・・・・・・」

その時、澤井さんの手が私の首の後ろに添えられそのまま優しく引き寄せられた。

瞼に彼の唇が一瞬やわらかく触れる。

「二回目のお仕置き。これで最後にしとけよ」

私の目をしっかりと見つめながらゆっくりと離れていく澤井さんの顔はいつものように笑っていなかった。

どうして笑ってなかったのかは自分でもよくわかっていた。

だって、私の目からはとめどなく涙が溢れ落ちていたから。