「行こうか」

そう言ったのは澤井さんだった。

私は頷くと彼の後に続く。

その背中は気のせいかもしれないけれどいつもよりも寂しげに見えた。

美術館に隣接するカフェに入ると、店内の正面が天井まで窓になっていて、公園が見晴らせる開放的な空間が広がっている。

あの絵を見た後、なぜか澤井さんは手を繋いでくれなかった。

テーブルの下で自分の手を握り締める。

運ばれてきたアップルティの香りが少しだけ不安な私の気持ちを和ませてくれた。

敢えて、さっきの絵には触れない方がいいような気がして尋ねた。

「澤井さんは、この美術館にはよく来るんですか?」

コーヒーカップを傾けたまま彼の視線だけが私に向けられる。

そして、カップをソーサーに静かにおくと、いつものように穏やかに微笑んで頷く。

「実は俺も学生時代、芸術方面に進みたいと思ってたんだ」

「本当ですか!?」

仕事ができて、頭の切れるエリート部長のイメージが強くて全く想像できない。

「幼い頃から絵を描くのが好きでね。それこそ好きだけじゃどうにもならないんだなって頭を打ったよ」

澤井さんは少し恥ずかしそうに笑った。

彼はどんな絵を描いていたんだろう。

写実的な絵?それともモダニズムな感じなのかな?

「澤井さんはどんな絵を」

そう言い掛けた時、澤井さんのスマホが鳴った。

「あ、ちょっとごめん。仕事先からだ」

そう言うと、彼はスマホを耳に当てたまま店の外に移動した。