そんな様子を見た彼が、私の背後で「また松葉杖つくことになるなよ」と笑っていた。

・・・・・・松葉杖か。

あの日。
私がもし松葉杖を突いてあの場所にいなければ澤井さんとは出会わなかったかもしれない。

突っかけを脱ぐと、すっかり治ってしまった右足をそっと撫でた。

化粧を手早くすませ、着がえが終わるとバッグを持って彼の元へ急ぐ。

「おまたせしました」

彼の助手席に滑り込む。

彼のこの車も久しぶり。変わらない真新しい革の香り。

重厚なエンジン音と共に車は走り出した。


どこに行くのか告げられないまま、車は高速に乗り加速度を上げる。

どこに向かおうと、今は彼のそばにいれるだけで十分だった。

少しずつ空がオレンジ色に染まっていく。

車窓から見える山脈が夕日のオレンジを受けて輝いているように見えた。

以前は暗闇に向かう夕暮れ時が心細くて嫌だったのに、澤井さんと一緒だったらそんなことを考えることすら時間の無駄に思える。

暗闇でも私の心を照らしてくれる彼の存在は、いつの間にか私自身を変えていった。

誰かを愛することのすばらしさを、この年になって初めて知ることになるなんて。

彼の穏やかな横顔を見つめる。