13.湖にうつる月


あれから父は澤井さんが紹介してくれた脳神経外科医のセカンドオピニオンを受け、今はそちらの病院で治療とリハビリを行っている。

通い出して一ヶ月経った頃、少しずつだけど麻痺が緩和されてきたらしい。

小さなまんじゅうは以前と近いレベルで作れるようにもなったし、自由の利く左手で細かいことをこなす術も備わってきた。

父の回復力は自分のためというよりもむしろ私のために向上しているような気がする。

ことある毎に澤井さんとは大丈夫かと聞いてくるんだもの。

私は時々メールしたり国際電話で話したりして、全く問題ないのに。

父の回復とともに、店の売上げも順調に延びていくのと平行して、抹茶プリンが京抹茶さんの口添えで都内の老舗百貨店に置いてもらえるようにもなった。

ますます忙しくなってきたある日の夜、父にリビングに呼び出される。

ダイニングテーブルの前に座りビールをぐいっと飲み干した父は、私がリビングに入ってくると「まぁ座れ」と言って自分の前の席を指刺した。

私は自分のグラスをキッチンから取ってくると、父の前に座る。

父は私のグラスにもビールをついでくれた。

軽く父とグラスを合わせる。

仕事後のビールは格別だ。とりわけ、店に立つようになってから一層おいしく感じる。

「お父さん、右手の調子はどう?」

「いやー、紹介してもらった先生は立派な方だよ。治療法もすぐに変えてくれ、リハビリも俺の調子を診ながら無理なくできている。お陰でこの通りさ」

父はうれしそうに右手をグーパーグーパーして見せた。

「ほんと、すごいよね。もうそこまで動かせるようになったんだ」

「ああ、澤井さんには本当に感謝している」

澤井さんのことをいいように言ってもらうと、まるで自分のことのようにうれしい。