急に父の口からまさかの澤井さんの名前が出てきたことに動揺しながら答える。

「あ、ああ。元気にしてると思うわ」

「元気にしてると思うわ、ってお前達まさかまた離ればなれになってるなんてことはないだろうな」

父の目がギロッと私をにらんだ。

「違うわ。澤井さんは海外赴任が決まって今週からニューヨークにいるの」

「ニューヨークだって?あいつもまたすごい場所に行きやがったな」

そう言いながらも、父は顎を撫で頷きながら、微かに満足げに微笑んでいる。

「真琴は、いいのか」

父は小さな声で尋ねた。

「何が?」

「ニューヨークに一緒に行かなくて」

「今は一緒に行けないわ。それは彼もわかってる」

「うむ・・・・・・」

父は腕を組んで足下を見つめながら何かを考えているようだった。

そしてすくっと立ち上がり、厨房の角に置いてある自分のセカンドバッグの中をごそごそし始める。

「どうしたの?」

思わず、そんな父のそばに駆け寄ると、父はバッグの内ポケットから澤井さんが紹介してくれた脳神経外科医の名刺を取り出した。

「これは・・・・・・」

その名刺を大事に持ってたことに驚く。

「右手早く治さなくちゃな。明日にでも連絡取ってくれないか」

「お父さん」

思いもしなかった展開に、父の顔を食い入るように見つめた。

「俺のせいでまたお前達が別れることになったら天国にいる母さんに叱られちまう」

父は少し照れた表情で頭をかきながら、私に名刺を手渡した。

「許してくれるの?」

「例え俺が許さなくても、お前達は別れないだろう?それくらいの強い意思をこの間は澤井さんから感じたよ」

父は私の肩をポンポンと叩くと、厨房を出て行きながら言った。

「今度こそ、しっかりやれよ!」

手渡された名刺をしっかりと胸に当てながら、私は父の背中に頭を下げた。

澤井さんの思いが父にはちゃんと伝わっていた。

ニューヨークは今何時だろう。

彼の凛々しい横顔が見えたような気がした。