10.特別な存在


我ながら無茶な訪問だったと思う。

突然押しかけたにも関わらず、社長が来るまで少し待つよう京抹茶本店の商談室に通されていた。

部屋の隅には大きな振り子の振り時計が置かれている。かなりの年代物のようだ。

また老舗だけあって、創業者から現社長までの顔写真が壁の上に飾られていた。数えると現社長は八代目だった。八代目って想像するだけでも気が遠くなるほど昔。そんな昔から今も変わらず愛される抹茶を生産しているこの場所に自分が立っていると考えるだけで体が震える。

父もよくこんなすごい老舗店を探し出して抹茶を卸してほしいなんて頭を下げに行ったものだ。父の執念には時々驚かされる。

受付の女性が出してくれた熱いお茶を頂く。抹茶の香りだろうか?普段飲むものよりも濃厚で深い味がした。

部屋の扉にノック音が響き、扉が開いた。

慌ててお茶を茶托の上に戻すと立ち上がり扉の方に体を向けた。


さきほどの受付女性が先に入り、会釈したその女性の後ろからふくよかな男性がゆっくりと入ってきた。社長?

「お待たせしました」

その60代くらいの男性は、穏やかに微笑んでいるけれど、私の内面まで見抜かれそうな鋭い目をしていた。

「初めまして。京抹茶の代表をしている壇上です。君があの谷浦和菓子店のお嬢さんですか」

私の目をしっかり見つめながら頷いた。

「今日は突然お邪魔して申し訳ありません。お忙しいところお時間とって頂きありがとうございます。谷浦和菓子店の娘の真琴と申します」

私は社長に深く頭を下げた。

久しぶりに緊張していた。私も仕事柄社長クラスの人間と接する機会は多いけれど、やはり社長という存在は他の人達とは違うオーラをまとっている。その背後にたくさんの従業員の生活を背負い、また従業員を一つに束ね生産性を日々上げていかなければならないという人間は特別に選ばれた存在なんだとあらためて感じていた。