湖にうつる月~初めての恋はあなたと

ゆっくり顔を向けると、そこには昨日と同じ穏やかな笑顔をたたえた澤井さんが立っていた。

昨日とは違うネルの白シャツをゆるりと着こなしている。

「ここいい?」

そう尋ねると、私の隣の椅子に腰掛けた。

すぐ目の前に澤井さんの横顔があって高鳴る胸に拍車がかかる。

やっぱりどこをどう切り取ってもきれいな顔だった。

横から見ると、切れ長の目から流れるように長い睫が揺れている。

その目が私の目をくいっと捉えた。

思わずキツネに狙われたウサギのように体が硬直する。何か言わなくちゃ。

焦る気持ちが、私の普段塞いでいる口を饒舌にしてしまったんだろうか。饒舌なのは悪いことではないけれど、頭で考えるより先に口から出てしまった。

「澤井さんが昨日言われていた、やんごとなき事情って何ですか?」

気になってはいたけれど、そんなことまだ会って間もない人に聞くようなことではないことくらい28年と10ヶ月生きていればわかっているはずなのに。

目を丸くして私を見つめる澤井さんの心の奥底はきっと私を軽蔑してるんじゃないかって不安に襲われた瞬間、「すみません」と呟いてうつむいた。

それなのに澤井さんはくくっと声を殺して笑い出した。

あまりに不躾すぎて、笑わずにはいられなかったに違いない。それとも澤井さんの優しさ?

恥ずかしいのを通り越して情けない気持ちに押しつぶされそうになる。

しばらく笑った後、笑い過ぎて潤んだ瞳を私に向けて言った。

「君って、つくづく面白い人だね」

視線だけ澤井さんの顔に上げる。

「なんていうか、まっすぐ過ぎるっていうか。初めてだよ、君みたいな女性」

そう言うと、澤井さんは長い前髪を繊細な指で掻き上げた。

それは、褒められてるんだろうか、それとも馬鹿にされてる?

澤井さんの真意はわからなかったけれど、変わらず穏やかな目で私を見ている彼に少し安心して、私はようやく普通に顔を上げて椅子にもたれた。