ふたり、たいして言葉も交わさぬまま、エレベータへ乗り込む。

三階の奥から二番目の部屋の前に辿り着き、私は「ありがとうございました」と一礼した。

「……咲島さん」

玄関のドアを開き足を踏み入れたところで、不意に逢沢さんが私を呼び止めた。

「神崎コーポレーションの担当、嫌なら断ってくれてもいいんだよ」

そう言って、心配そうな眼差しを私へ送る。

突然私が泣き出してしまったものだから、無理をしていると勘ぐったのかもしれない。

「いえ。やります。仕事は仕事ですから」

神崎さんが私にと回してくれた仕事だ。言うなれば、彼の最後の教育指導なのだろう。

けじめをつけるという意味でも、ちゃんと全うしたい。

「君は頑固だな」

ふっと逢沢さんが笑う。

しばらく笑顔の余韻を引きずっていたけれど、やがて真面目な顔になって、私の方へ一歩、歩み寄ってきた。