* * *

「凱さん、どうしたの?」

キッチンへ戻った凱に声をかけたのは、妻のまひるだ。

彼女の前にある大きな鍋の中には3日間と言う長い時間をかけて仕込んだビーフシチューがあった。

夫の少しの異変を察した彼女はよくできた妻だと、凱は思った。

「それが、ちょっとな…」

凱は言いにくそうに話を切り出すと、
「もしかしたら…兄貴のヤツ、騙されてるんじゃないかと思うんだ」
と、言った。

「えっ、索さんが騙されてるってどう言うことなの?」

まひるは訳がわからなくて聞き返した。

そんな彼女に凱は手招きをしてホールの方を指差した。

まひるは首を傾げながら鍋の前を離れると、どこかの芸人よろしくと言うようにひょっこりとホールに顔を出した。