生田が去っていくと、慧は描きかけのキャンバスをイーゼルに立て掛けた。

西陽が差し込むアトリエ前の廊下。そこで窓の外を眺めながら一筋の涙を流すひとりの女性。

あの時の記憶を頼りに、西陽の橙色で染まった構内と儚げな彼女の表情を表現した一枚は、あと顔の部分を色付けるだけ。

この時、彼女は一体何を思って、どんな景色を目にしながら涙したのだろう。

今まで自分が描いていた彼女は、一体どんな景色を、あの澄んだ瞳に映していたのだろうか。

生田に指摘された言葉がどうも引っかかって、妙な気持ちになった慧は、居ても立っても居られずに椅子から腰を上げた。


アトリエを出ると、慧は彼女の立っていた場所に自分も同じように立った。

そこから見えるのは、真っ青な空。下には花壇が並ぶ中庭。その中庭を囲む校舎の窓からは、職員室や来客室が見える。来客室は夏期休暇中ということもあり殆ど使っていないし、職員室もここから見える席は殆ど空いている。

結局、彼女があの日見ていた景色が何だったのか。それが分からないまま、慧はいつも彼女が腰をかけている丸椅子へと移動した。